ゲンカイハソラマデ、、、
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金峯山修験本宗 総本山金峯山寺へ 再び参上!

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大和の国 、吉野山から大峯山山上ケ岳にかけての一帯は古くは金峯山(きんぷせん)と称し、
古代より世に広く知られた聖域でした。
この金峯山に役行者神変大菩薩が白鳳年間(7世紀後半)に修行に入り、
修験道独特の本尊・金剛蔵王大権現を感得されます。
この姿を山桜に刻んで、山上ケ岳(現:大峯山寺本堂)と山麓の吉野山(現:金峯山寺蔵王堂)に
祭祀されます。これが金峯山寺の開創と伝えられています。
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権現とは権(仮り)に現われるという意味で、本地仏の釈迦如来(過去世)、千手観音(現在世)、弥勒菩薩(未来世)が権化されて、過去・現在・未来の三世にわたる衆生の救済を誓願して出現されました。また金剛蔵王とは、金剛界と胎蔵界を統べるという意味も表しています。


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金峯山寺の本堂。秘仏本尊蔵王権現(約7m)三体のほか、多くの尊像を安置しています。
  重層入母屋造り、桧皮葺き、高さ34メートル、四方36メートル。
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師匠の役 小角(えん の おづの)は、飛鳥時代から奈良時代の呪術者なんです!
修験道の開祖ですね!
役行者は634年(舒明天皇6年)、御所市茅原で誕生。名は小角といい、幼少の頃より葛城山で修行するなど山林修行や苦行の末、金峯山上にて金剛蔵王大権現を感得され、修験道の基礎を開かれたと伝えられています。 やがて修行の高まりと共に、強固な精神力と、煩悩を克服した境地に達し、呪術家としての名声は天下に鳴り響りました。
699年(文武天皇3年)、韓国連広足(からくにのむらじひろたり)の謗言によって伊豆大島に流罪になり、701年(大宝元年)無罪がわかり、許されて都に戻られました。同年6月7日68歳で、箕面の天上ヶ岳にて入寂されたと伝えられていますが、異説も多く、「昇天した」「母を鉄鉢にのせて海を渡って入唐した」などと多くの伝説が残されています。その尊像の多くは、折伏した2匹の鬼(前鬼・後鬼)を従えた仙人風の姿で祀られています。
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by STL3968164 | 2014-11-16 10:46 | トリップ
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