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ゲンカイハソラマデ、、、
by STL3968164
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ココロノアンテナ!

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 五芒星結界への旅 京都編

京都結界に入り先ずは、国宝 三十三間堂へ朝イチで直行♪
 (こくほう さんじゅうさんげんどう)
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昨年、行けなかったので嬉しいっす。 
 
正式名は、蓮華王院で、その本堂が「三十三間堂」と通称されます。これは、東面して、南北にのびるお堂内陣の柱間が33もあるという建築的な特徴によります。「三十三」という数は、観音菩薩の変化身三十三身にもとづく数を表しています。
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- 国宝 千手観音坐像
 (こくほう せんじゅかんのんざぞう)

 左右、計千体の等身観音立像に囲まれて、お堂中央に安置されるのが丈六の坐像で「中尊・ちゅうそん」と呼びます。広々とした空間の巨像は、像高が3メートル余、檜材の寄木造りで全体に漆箔が施されています。

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重文 千体千手観音立像
 (じゅうぶん せんたいせんじゅかんのんりゅうぞう)

 前後10列の階段状の壇上に整然と並ぶ等身大の1000体の観音立像は圧巻でした!
 観音像には、必ず会いたい人に似た像があるとも伝えられています。(笑)

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役 小角(えん の おづの /おづぬ /おつの、舒明天皇6年(634年)伝 - 大宝元年(701年)伝)は、飛鳥時代から奈良時代の呪術者である。姓は君。修験道の開祖とされている。後の平安時代に山岳信仰の隆盛と共に、役行者(えんのぎょうじゃ)と呼ばれるようになった。

実在の人物だが、伝えられる人物像は後の伝説によるところが大きい。
天河大弁財天社や大峯山龍泉寺など多くの修験道の霊場に、役行者を開祖としていたり、修行の地としたという伝承がある。

しっかりとご挨拶していざっ 蓮華王院を出発! ...

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むむっ!

向かう途中、シックスセンサー嗅覚で辿り着いた清明神社がココ!
京都・一條戻橋。平安時代の陰陽師「安倍晴明公」をお祀りする神社で 魔除け、厄除けにご利益がある。
境内に社紋である五芒星がいたるところに施されていた。
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平安時代では、最先端の学問(呪術・科学)であった「天文道」や占いなどを、体系としてまとめた思想としての陰陽道に関して、卓越した知識を持った陰陽師ともいわれ、当時の朝廷や貴族たちの信頼を受け、その事跡は神秘化されて数多くの伝説的逸話を生んでいった。

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じゃじゃ〜ん♪  今年も無事に到着!   鞍馬の大天狗さんお邪魔しやす♪

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本尊は寺では「尊天」と称している。「尊天」とは毘沙門天王、千手観世音菩薩、護法魔王尊の三身一体の本尊であるという。

京都盆地の北に位置し、豊かな自然環境を残す鞍馬山の南斜面に位置する。鞍馬は牛若丸(源義経)が修行をした地として著名であり、能の『鞍馬天狗』でも知られる。新西国十九番札所である。

今宵はウエサク祭 

ウエサク祭の起源

ウエサク祭の起源は、釈迦の降誕、悟りを開いた日、入滅の日が、全てヴァイシャーカ (Visakha)月(インド歴第二月)の第一満月の夜であったという伝承から来ており、占星のカレンダーに従って、ウエサク祭の期日は決定されます。

ヴァイシャーカ(Visakha)月の満月は、太陽が雄牛座から登る日(4/21~5/21頃)であり、旧暦では四月十五日になります。
我々が使用している太陽暦(グレゴリオ暦)では四月から五月頃の満月にあたるということから、結果的に概ね五月の満月に当たることになります。
また、ウエサク(Vesak/Wesak)という言葉は、ヴァイシャーカ(Visakha)が変化したものです。

ウエサク祭は仏教がインドから広まったとき、アジア各地(チベット、タイ、ミャンマー、スリランカほか)など多くの国の文化に伝播し、それぞれの文化特有の方法で行われています。

鞍馬寺の起源

京都市街の北部に位置する鞍馬山は、鞍馬寺や貴船神社、由岐神社などの有力な社寺を麓に抱え、古くから山岳霊場として知られていました。

鞍馬寺は、奈良時代末の西暦770年に、鑑真の弟子である鑑禎により草創されたとされる由緒ある寺です。その位置は、平安京の真北に位置することから、平安時代には都(みやこ)の北方守護の寺として信仰を集めていました。

また、源義経が幼少のころ、鞍馬の天狗に剣術を習い、五条大橋で武蔵坊弁慶をうち負かしたという伝承でも知られている場所です。

鞍馬寺の尊天

鞍馬寺は、鑑真の弟子である鑑禎により草創され、当初は毘沙門天を本尊とするお寺でした。
現在本殿には、

左手:護法魔王尊(力)
中央:毘沙門天(光)
右手:千手観世音菩薩(愛)

の三体が祀られており、三身一体で「尊天」と呼ばれています。

中でも、護法魔王尊は、魔王尊とも呼ばれ、地球の霊王とされ、650万年前に、金星から地球に降り立った、サナトクラマであると言われています。
本殿の秘仏の三像が公開されるのは、60年に一度しかありません。
鞍馬寺は、他の仏教寺とは違い、仏教的なエネルギーではなく、宇宙的なエネルギーを強く感じる場所で、鞍馬寺が言うところの「尊天」のパワーを特に感じられる場所です。

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波動の高い聖地で今宵はスーパームーンをお迎えしやす!



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宇宙とシンクロして素晴らしい体験が出来ました。     合掌
by STL3968164 | 2012-05-08 14:57 | スピネタ
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